Msウェブサイトはコロナ禍、大々的にリニューアルされましたが、当時私が、激務の最中であったため、掲載作品は最近の仕事を中心に少量にとどまっています。そこで私、三澤文子が担当する回は、「蔵出し!自慢の住宅作品」と題して、Ms日記にて未掲載の作品を皆様にご紹介させて頂きたいと思います。
さて、昨年12月25日のMs日記で紹介した蔵ギャラリーのある茶室「八白庵」の主屋、方形の家は、17年前の2009年早春に完成しました。この方形の家ができるまでには様々な物語がありました。今回はそんな思い出を少しだけちりばめながら、ご紹介したいと思います。(「八白庵」の日記はこちら)

東南の角の敷地。岐阜市内の住宅地ですが、北と西の隣地には公共施設がたっていました。敷地の北寄りには、蔵のある茶室八白庵(改修前)が存在したため、新築の住まいは、八白庵との間に庭をつくり、その庭を介して配置する計画としました。
上の写真は東前面道路から見ています。方形屋根の東面は屋根が伸びて方形が崩れ、外壁につながっています。
実は、この形がとても気に入っています。

方形の家の北側外観を、八白庵の東庭から見ています。方形の家にとってこの庭は北庭になりますが、北庭がある家こそ木々がよりいっそう活き活きみえて豊かです。方形の家には、北庭に向けて大きな掃きだしの窓と濡れ縁が見えます。

玄関ポーチから見た濡れ縁です。庇が1.5m出ているので、濡れ縁の奥行きもゆったりしています。北庭の木々の向こうに八白庵が慎ましく目に入るのが、なんとも素敵なのです。

方形の家の内部です。玄関室から中に入ると目の前に大きな唐傘のような架構が現れます。大きな唐傘の下、4つの空間があり、主寝室になる南側の和室と北側の客間は、それぞれ建具で仕切ることができますが、その建具を開け放つと大きなワンルーム空間ができあがります。このワンルームは4間半×4間半で24帖半の広さ。それに水回りと収納室が付いて、延べ床面積は27.4坪。こんなシンプルで明解な家ができたのも、住まい手さんあってこそ。不要なモノは持たないシンプルな暮らしを求められたことからはじまりました。

唐傘のような、と表現しましたが、実は唐傘の骨の形状とは異なることは、天井の登り梁の間隔を見てもらえれば解ります。等間隔の放射状ではないのです。
この正方形のワンルームの対角線に梁を架けようとしたのは計画の始めのころです。バッテンの梁が架かれば、水平面は強く頑丈なはずだ。という発想です。ただ、対角線の長さが12m以上になります。少し不安になって郡上市にある製材所・白鳥林工の故・美谷添清和理事長に電話をしました。「三澤先生、12mは厳しいよね。乾燥庫には9m材までしか入らないから。」と少し笑った調子で即答してくれました。そのときの声の調子を今でも覚えています。
実は、この方形の家の引き渡しの日に、美谷添清和さんがお亡くなりになったのでした。

12mの梁は無いということから、正方形の中心に径300の八角柱を立てて、4カ所の出隅からこの大黒柱に差して接合するという考えに至りました。また、6m以上の長さのある隅の登り梁の負担を少なくするため、この大黒柱から頬杖で支えています。この頬杖を大黒柱に載せるために300径10角柱を180径まですぼめて8角柱にしてもらいました。
無理な頼みも、なんなくやってくれる郡上市、松下建築さんの大工技術が光っています。

頬杖材は、骨組みかできて工事が進む中、アクセントとして漆で色を付けたいという思いになりました。そこで石川県小松市から沢幸漆店の沢田欣也さんに来てもらい、現場で漆を塗るという無理をお願いしたのでした。
今から18年前の欣也さん。後ろ姿が若々しい。

大きく開いた北側の窓際。テーブル製作は美濃市のAC-CRAFTの石井学さん。石井さんと住まい手さんは、その後もとても仲良くされて、暮らすうちに必要に思う椅子や家具を、たびたびオーダーしてくださっています。石井さんが長く時間をかけてつくったというパーソナルチェアーは、本当にこの家に調和した、素朴で優しい風合いの椅子でした。

北側にある濡れ縁は、八白庵でのお茶会の時には待合にもなります。そして日常でもここは、座って庭を眺め静かな時間を過ごすのに、とてもいい場所になっています。
来年は、若き画家であるMsOBのお嬢さんの個展をお願いしています。
個展の期間は、もちろん私も訪問して、一日中ここに座ってゆっくりしたいと思っています。
(三澤文子)



