2023年8月10日に住宅医の詳細調査を行い診断・設計、そして改修工事(関元工務店)を経て、今年の2月に完成した「丸福町家」。このMs日記では、丸福町家のオーナーである鈴木康之さん(Ms非常勤スタッフ)が、定期的に進捗状況をご紹介してきましたので、すでにご存じの方も多いかもしれません。
その鈴木さんのお祖母様が2009年までお一人で住んでいらしたお住いを、鈴木さんが今後、大阪と丸亀の二拠点で活動していくための、丸亀の活動拠点として改修しました。
丸亀駅前の猪熊弦一郎現代美術館(MIMOCA)の前からまっすぐ南に歩いて10分ほど。丸福町家は、駅前から続く大きな通りの1本西に入った道沿いにあります。
この敷地は、こんなに緩い雰囲気なのに「準防火地域」にあります。
できればこの改修を機に確認申請したいとの希望があった鈴木さんですが、役所相談に行き「確認申請の必要はありません。」との回答にがっかりしたようでした。ただ、今後お隣と分離できたあかつきには、改めて多少の補修工事が発生することから、その機に改めて確認申請を行うことになると予想して、壁や窓の仕様など、準防火地域の規制に合わせています。
この建物は、いわゆるニコイチ長屋住宅。古い長屋住宅は大阪でも多く残っており、長屋の改修手法は注目されるところ。ここでも様々課題を解決していきました。
既存の住宅は現在のような総2階ではなく道路側に三尺の下屋があったのですが、この改修でその部分を減築。そこに庇を設けてアプローチ空間としています。出桁は杉材。綺麗な柾目が目に入ります。瓦の下屋ということもあり、その出桁を頬杖で支えています。
玄関は洗い出し仕上げの小さな土間。すぐ正面の暖簾の向こうがキッチンです。
上部に見える杉の補強梁とそれを支える240径の桧の八角柱は、徳島の和田善行さんの山から。そして床の厚30㎜杉板も徳島木頭杉です。
1階はワンルーム。大きなテーブルの打ち合わせスペースに、右手奥から、お仏壇、作業デスクが並びます。
道路側の格子から、柔らかい光と共に外の様子を見通せて、すこし広く感じます。
大きな楠のテーブル越しにキッチンが見えます。
この楠の天板は丸亀市内の山一木材から調達しました。材を選んでくれた社長の熊谷國次さんの一押しのものです。
右手奥の玄関ホールには薪ストーブがあり引き渡し後の2月は、薪ストーブ1台で1~2階とも暖かだったそうです。
南西の隅から階段で2階へ。緩やかで上りやすい安全な階段です。
その安全な階段をつくるために、大きなテーブルの上に架かる390×180の大梁を3尺ほど切っています。そして大梁の切断部分存在を強調したデザインにしました。きっと鈴木さんは訪れる人たちに、このビューポイントで改修のプロセスを説明したくなるはずです。
2階は既存の丸太トラス架構によって無柱空間ができました。
2階は鈴木さんのプライベート空間ですが、このトラスの架構を多くの方々に見てもらいたいと思います。
正面のアーチ型出入り口の中はシャワールームとランドリーです。
正面、奥の壁は今回新たに造った外周壁です。今は未だ隣家との共用の通路とを隔てる壁ですが、耐震的にも温熱にも後々外周壁になるべく造られています。
天井は小豆色の塗装です。古材によく合って落ち着きます。古い建具が馴染むのもこの落ち着きがあるからだと思います。
2階の床板は無地の東濃桧材、北側には小上りの畳スペースがあります。
シャワールームのアール壁と押入の板壁に挟まれたスペース。正面に階段への手すり壁があり、その向こうの壁の帽子をイメージさせるレリーフが目に入ります。これは既存住宅の2階の床の間の横の壁にあったもので、「是非残したい。」と保管してもらっていました。建物が完成してそのレリーフをどこに飾ろうかと鈴木さんと検討し、この位置に。
後から聞けばお祖母様のお兄さんの作で、深い物語があったとのこと。
鈴木さんが決心して始まったお祖母様の家の改修によって、この家に暮らしていた人たちの歴史がつながっていく気がしました。過去の人たちと対話ができる改修の仕事は本当に価値ある仕事だと感じたのです。
日が暮れて、室内に灯りがともると、室内の様子が町ゆく人に見えてきます。見上げると2階の窓からトラス架構が見えます。
今回の改修工事で腕を振るった地元の大工さんの仕事だけでなく、100年ほど前に、この地で活躍していた大工さんたちの仕事も、是非見てほしいと思います。
最後にアナウンスです。今年の秋(おそらく11月)にMsの改修の仕事をまとめた「過去との対話をデザインする~Ms住宅改修の仕事(仮称)」が出版されます。この丸福町家も掲載されますので、どうかお楽しみにしていてください。
(撮影:畑拓)(三澤文子)