穏やかな夏休みの、思い出の広縁 ~熊本「自適荘」のご紹介
5年前、改修を行い、蘇った、熊本県三角町の「自適荘」をご紹介したいと思います。
今年6月16日、カメラマンの畑拓さんに 改めて撮影していただきました。
自適荘の北には、有明海が。
海沿いの国57号線を渡れば、砂浜です。依頼者のMさんは小さいころ、ここで海水浴をしたそうです。
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当時もあったかどうかはわかりませんが、自適荘の前には横断歩道があります。木々とセミの鳴き声に包まれたような海辺の別荘です。
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長らく、空き家同然になっていた、この海辺の別荘の詳細調査を行ったのが2014年の3月。その後、熊本市内の新産住拓さんに施工をお願いし、2015年春に改修が完工しました。
かつては玄関の、向かって左にもお部屋がありましたが、屋根が壊れて著しい劣化があったこともあり、取り壊し、減築してコンパクトな別荘になりました。
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大切に残したのは、海に面する北側と庭に面する西側にある L字型の広縁です。
たっぷりの広さがある1間幅の広縁で、床は、畳の高さにそろえて桧板を張りました。
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改修設計では、劣化部分は全て取り換え、RC造の基礎を設けて耐震性を高めましたが、建物の形は変えていません。ここから見る佇まいは、「変えたくない。」と、強く思うほど、魅力的だったのです。
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今回の撮影で、全面的にお世話になりました新産住拓の泉保さん、桝本さんには、写真モデルになってもらっています。すっかり、穏やかな夏休みを過ごすカップルになりきっていますね。
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Lの字の広縁の、こちらが北向き側です。
ゆらぎのあるシングルガラスの木製建具は、そのまま使用しています。夏向きの別荘ということ、そして依頼主が強く希望したこともありましたが、夏の思い出を再現するには、この建具を残すことは必然でした。
ただ、改修前には無かった雨戸を新たに設けたのですが、このような海の近くで雨戸がなかったのは、その代わりに欄間の内側に準備されたカンヌキ棒(と表現したらいいでしょうか?)がその代用品だったようです。
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これが「カンヌキ棒」が入った状態です。
こちら側が西向きの広縁です。揺らいだガラスのおかげで、懐かしい感じのする情景です。
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モデルのお二人は、すっかりリラックスしています。泉保さんは、窓を開け放して昼寝でしょうか。
かつては、蚊取り線香をつけたり、夜は蚊帳を吊ったりしていたことでしょう。
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二間続きの座敷は、東側の6畳の間を板間にして、ダイニングにしています。
続き間は、風通し良く、見通しもよく、西の庭が絵のように目に入ります。
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振り返って、ダイニングから東には、キッチンと、右手、簀戸の向こうに洗面スペースが見えます。
キッチン左隅には、造り付けのベンチソファがありますが、依頼主曰く、「お昼寝用」とのこと。
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ダイニングの北(海)側には玄関があります。この位置関係も、以前と変わりありません。 亀甲型の飾り窓もそのままです。
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キッチンと洗面、そして写真手前に続く浴室は、既存建物を壊し、増築した部分になりますが、既存の雰囲気と馴染みよく空間をつなげることができたと思っています。
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天井の高いダイニングは、伸びやかで気持ちいいものです。
そのダイニングから写真正面(南)に出て、右手側にも広縁があったのですが、南といっても斜面地が迫っていることもあり、耐震性能を上げるために、壁を設け通り抜けの収納スペースにしています。
短期間の滞在でも、荷物の置き場がしっかりあると、気分良く過ごせます。
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そしてダイニングを南に出て、右手にはトイレがあります。
1坪の広さで、天井はポリカツイン6㎜(乳白)。使用中は、ホワーっと小屋組の垂木を照らして良い感じになるのではないかと思います。床の間の違い棚を利用した手洗い台も見えますね。
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西・北に向く、L字型の広縁の 天井です。
既存の垂木、野地板を利用して(劣化部分は取り換え)新たに屋根を造り変えています。また、座敷部分、既存の竿縁天井の上にも断熱材が充填されています。
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この自適荘では、80年前にこの木造家屋を造った大工の思考をなぞるように、改修設計を行うことができました。時代を超えて、現代の生活状況に合わせて変化させていった部分は数々ありますが、変わらず、そのままに残した部分も多いのです。その結果、以前ここで、ひと時暮らした人々には、懐かしい思い出の空間に蘇ったと、感じてもらえるのではないかと思います。
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基礎が新たに造られ、必要な耐力壁は設けられましたが、このプロポーションはそのままに見えるよう努力しました。
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お二人のご協力あり、畑さんに素敵な写真を撮って頂けたこと、感謝いたします。
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夜になり、さらに、懐かしいような、寂しいような情景
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山に抱かれた、小さな海辺の別荘の夜のひと時です。
(三澤文子)